2017年10月16日

終わっちゃった〜

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リュ〜菜のひとり言



9月末に急遽決まった東京行き(息子一家に会うため)
“あ〜〜待ち遠しい〜〜〜”と思っていたけれど、あっという間に終わっちゃいました

一日目 10月14日
朝起きてすぐに前夜洗った生渇きの洗濯物を乾燥機に投入
ヤギのヨーゼフの餌やり、ハウス掃除
帰って朝食
夫が起きてきたので(夫は朝食食べず)カバーやパジャマなどを洗濯機に投入
持っていく荷物の最終点検
義母をショートステイに出すため起こして着替えさせ・・・
洗濯物を軽く乾燥機にかけ干して・・・
バタバタしていて気が付いたら10時を過ぎて・・・

夫「もうそろそろ出るか?」
夫も全国理容競技大会(和歌山県へ14日〜16日)へ行くため一緒に福井駅まで行くことになっていました
私「もうちょっと・・・」
鍵や火の元点検に走り回り・・・

10時30分過ぎにようやく家を後に・・・
駅に着きホッと一息
私「あ〜〜〜忘れてた!」
夫「なんや?」

福井は“おあげ”(厚揚げ)が名物
我が家の近く(少し遠い?)にお豆腐専門店がありそこの“おあげ”がすごくおいしいので義母を出してから買いに行ってお土産にしようと思っていたのにバタバタしていて忘れてしまったのです(-_-;)
(私がバタバタしている間、新聞を読んでいた)夫「今から買いに行く時間ないな」
私「もう無理!」という事でお土産は駅で“クルミ羽二重”を購入
勿論孫たちには他に準備はしてあるのでとりあえず“おあげ”はまたの機会・・・
最期までバタバタ・・・(;’’∀’’)

福井駅で夫はサンダーバード、私はしらさぎ(@^^)/~~~
息子が東京駅ホームまで迎えに来てくれるというので“予定通り着きます”とメール
そして東京に着くとホームには息子と弟が迎えに来て、17時前に家に行くと義娘とニィニが迎えてくれました
ニィニの中学校は土曜日も授業
夕食まで孫たちとふれあい・・・(いろんな話を聞かせてくれました)

忘れた“おあげ”の話をしながら夕食

夕食が終わって「カットしようか?」とニィニに言ったら「うん!」
義娘「疲れているでしょうから明日で良いですよ〜」
私「お風呂入る前の方が髪洗い流せるからね」
「疲れていない? それじゃあ お願いします」
弟は2週間ほど前にカットしてあり、あまり伸びていなかったのでカットしないと言っていたけれど椅子を準備したら先になって座り「ボクもしてもらう」カワイイ〜〜

二人のカットが終わって一休み
この間二人の子供たちの世話をしている息子
義娘「今日はおかあさんいるから良く動きます(笑)」

そして日が変わる前にドタバタの一日目は終了

追記へ続く・・・
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posted by リュ〜菜 at 17:37| 福井 ☔| Comment(4) | リュ〜菜 (小ネェ〜) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

錦秋の栂池

今回の原稿は中ネェ〜からの投稿です

太陽
《中ネェ〜》で〜す


9日早朝.栂池自然園に向けて我が家を出発した
前日に夫が白馬か栂池に行こう〜と言い出し、町内の秋祭りの手伝いをしていた私は神社から戻るとリュックに色々と詰め込んだり、朝 昼のおにぎり作り…と忙しい

行きは夫の運転と決まっている為 助手席で(*σ〜`*)眠ぃ・・・うとうと〜
富山に入り立山連峰から太陽さんが顔を出した まっ 眩しい〜見にくくて困る
8時過ぎに栂池高原駅に着いた

駐車場が広いからと栂池にしたのだが…第一の方はすでに満車で沢山の人(@O@)
下の方は全く紅葉がなくゴンドラを二駅過ぎた頃から色づきが始まった
ロープウェイに乗り換えると別天地でダケカンバやナナカマドなど色鮮やかであちこちで歓声が上がった

楠川付近の紅葉.jpg 水面鏡.jpg

杓子岳と大雪渓.jpg 浮島湿原.jpg

ダケカンバ.jpg イブと紅葉.jpg

自然園に入りトレッキング開始〜ゆっくり一周すると4時間弱の行程となる
草もみじも紅葉の終わった木々もある…晴れているが白馬三山は雲の中で、全体の姿を見る事が出来なかった
沢山の人達の中、数々の湿原や池を眺めながら なんだ坂こんな坂と木道と階段の繰り返しに汗を流した(;;´ω`)

だが吹き抜ける風は涼しく気持ちが良い
ここ数年…登山の度に足が攣り痛い思いばかり、加えて運動不足で山へは行けないのではと言う思いをしていた
ところが先日の厚生部の京都行で知恩院の男坂51段を休まず駆け上がれたので、気持ちが上向きになる事が出来た

栂池でもヤセ尾根の急な階段も足はOKだった(*^―゚)b
2020mの展望台にて おにぎりを食べながら雲の中から白馬三山が見えるのを待った
全体は見えなかったが大雪渓は見る事が出来た 
過去に3度も凄い傾斜を上ったのが信じられない懐かしい今の自分がいた(Ο´Дヽ)゜
帰路は階段や木道を滑らない様に下った

もう一週間早いと自然園は草もみじから始まり全山紅葉で綺麗だった事だろう
でも一足先に充分秋を堪能する事が出来たので良しとしよう

2時頃には下に降り道の駅小谷で風呂に入り…一路福井へ〜〜〜
糸魚川ICまでは山べたを走り暗くて長いトンネルが続く為明るいうちに通り抜けたい
無事に通り抜けて高速に乗った〜
新潟も長〜いトンネルの連続o(・д´・+)ゞ頑張リマッス♪

立山IC付近で朝見た太陽さんが真っ赤に染まりながら沈んで行った〜見事な赤だった
いつもの北陸道は金沢西を過ぎるとガラガラになるが3連休の為か丸岡ICを下りるまで途切れる事はなかった

余談だがライトアップで丸岡城も美しい姿を放っていた
食事をして8時、無事に家に到着した  福井の秋はいつ頃やってくるだろうか
来年は涸沢へ行きたい 錦秋の涸沢へ〜〜〜 
posted by リュ〜菜 at 18:27| 福井 ☔| Comment(2) | 中ネェ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

ワ〜イヽ(^o^)丿

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リュ〜菜のひとり言



息子一家に会うため10月に東京行きが決定!ヽ(^o^)丿

一昨年、息子がアメリカへ転勤になって一家がアメリカへ
そして今年東京へ転勤で帰国

息子は3月末一足先に帰国
家族は学校や引っ越しなどで7月2日帰国

今年は何かと(引っ越しや後始末)忙しいので帰省はできない
こちらから行くのも落ち着いてからと我慢

そして急展開で上京が決まりました(*^^)v
と言うか私がメールで“あいた〜〜い”オーラを発信

“来ますか?”と息子から返信

私が家を留守にするとなると色々段取りしなければならず・・・
息子一家と会うためには土・日でなければならず・・・
我が家は第3日曜日が定休日だけれど9月は無理

“10月14・15日は?”と又メール
“その日で良いです”と返信
“子供たちのカットは?”
“お願いします”

メールのやり取りで決定後、夫に「東京行きたい」(事後承諾!)
14日は営業日だけど、夫も「行ってこい」と快諾
義母のショート(2度目)予約・・・完了

8月義母は初めてのショート
夫一人では介護不能?
8月7日私が会議のため京都へ行くことになって会議日程が決まってすぐにケアマネジャーにショートの手配を依頼
「土日だと今からではどこも満員です」と言われたけれど、幸いに月火なので近くのホームに予約完了

でも8月7日の会議は台風が和歌山県上陸で中止になりましたがショートはキャンセルしないでそのまま決行
行く前まで毎日何だかんだ言っていた義母
帰って来た時「よかったわ〜」とニコニコ顔
気難しい義母をこんな気持ちにさせるとはさすが介護のプロ!m(__)m

後は“東京さ、行くだ〜〜〜”・・・(*^^)v(*^^)v

二週間・・・待ち遠しい〜〜〜〜
posted by リュ〜菜 at 15:44| 福井 ☔| Comment(8) | リュ〜菜 (小ネェ〜) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

思い出・・まみ編END

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リュ〜菜のひとり言



“まみ”は1999年の夏頃から散歩に行くと何もないところで転びはしないけれどつまずいて、たたらを踏むことが増えてきました
四つ足でも高齢になると足が上がらないんだな〜と思いながらゆっくり散歩
行きはよいよい、帰りは抱っこ

そして11月中ころから食欲が落ちはじめ・・・
病院へ連れて行ったら“もうしばらく”と言われ・・・
とにかく少しでも楽に永らえさせるため閉店後に栄養剤の注射のため毎日通院
避妊手術以来初めての病院通いでした
あれほど嫌がっていた車も私に抱きかかえられていたせいか喜んでいました
私にピッタリくっつき窓からネオン輝く街の景色?をキラキラの目で眺めていました✨✨
私は“まみ”を抱っこして大きく開けたキラキラの目に映る流れる光を眺め・・・

“まみ”は、おかあさんに抱っこされているこの瞬間を楽しんでいたのかもしれません

もう散歩へも行かなくなり、おもらししても良いように掃除グッズを揃えました
ハウスも入れなくなり大きな段ボールハウス?に毛布も掛けて温かくし、そこで寝ていました

散歩には出なくなったけれど“まみ”は頑張って家の後ろの水が流れるところまで行って水洗トイレ
一度もおもらししませんでした

12月3日 朝から壁によしかかりお座りしてほとんど動かない“まみ”
仕事をしていないときはズッと“まみ”のそばにいました
私がいるときは1分1秒が大事だったのか一度も横にならずお座り、微動だにせず
“まみ”はただ私だけを見つめて私が動けば目で追い、いつ顔を見ても目が合い・・・
“今夜から二階へ連れて行き一緒に寝てやろう”そう思いました

体を前足でしっかり支えて座っている姿を見るとその日に旅立つとは思えなかったのです
夜「おかあさんオチャチャ(お風呂)入ってくるから待っててね」と言ってしばらく離れ、烏の行水で急いで“まみ”のそばへ戻った時すでに旅立っていました

“まみ”はとても優しい子です
自分の最期の瞬間をおかあさんに見せまいと離れるまで必死で頑張っていたのかも?
でもでもそばにいてやりたかった・・・
何故いてやらなかったのか・・・

“まみ”はとても優しい子です
竜が旅立つとき苦しまないように、不安がらないように迎えに来てくれていたと思います
竜が小さい時遊んでいて残った(壊さなかった)3つのぬいぐるみが棚に置いてあったのですが真ん中にあったピンクの牛だけが2015年1月10日の午前中に揺れもしないのに落ちました

10年ちかくそこに置いて一度も落ちたこと無いのに・・・
両側にあった豚さんとウサギさんは落ちなかったのに・・・

“まみ”迎えに来たの? 一瞬そう思いました

私は1月の仕事始めになっても仕事をせずに付き添っていました
“まみ”の時の後悔があったから・・・
 
その日の夜、竜はおねえちゃんの時のような後悔を私にさせまいとしたのか私がトイレから戻るまで必死で頑張り、そばに座ると同時に旅立ちました
“まみ”が竜を優しく抱きながら私が戻るのを一緒に待っていたのかも?

その翌朝私が見た夢は二人が天に上る夢
“まみ”が上にいて竜が下
“まみ”は大丈夫?と心配そうに竜を見下ろし、竜は必至について行っている

“まみ”との出会いが無かったら間違いなく竜とも出会っていなかった
竜を見込んだ“まみ”が私に引き合わせたと思っています

姉弟がワンワンランドで楽しく遊んでいる姿を想像します
“まみ”竜をお願いね
“竜”おねえちゃんと仲良くね

まみ2.jpg りゅう.jpg

今回“まみ”のことをアップして思ったこと
心のどこかに旅立ちに立ち会われなかったことを後悔として、そして可愛がっていたのに最後に寂しい旅立ちをさせたと負い目を感じてもいたようにも思います
そんな思いをしていたのでは“まみ”が悲しむだけ・・
そう思うと心の奥に淀んでいたものが消えたように感じます
吐き出すって大切なことですね

だから“まみ”との14年間と“竜”との13年間は楽しい思いで作りの期間
姉弟の旅立ちは別れではなく永遠の楽しい思い出の始まりと思ってこれからも楽しく思い出していきます(*^^)v
posted by リュ〜菜 at 16:11| 福井 ☁| Comment(4) | リュ〜菜 (小ネェ〜) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

思い出・・まみ編4

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リュ〜菜のひとり言



“まみ”又々々続きます(;’∀’)
“まみ”は息子が中1から高校卒業まで6年間同居
上京後は帰省の時に会うのですが帰ってくるたび尻尾千切れるほどフリフリ
“まみ”は外飼いだったので竜と違って群れの順位は決めていなかったようですが自分が一番下と思っていたと思います

おにいちゃん(息子)は散歩には連れて行ってくれないけれど無条件?で可愛がってくれて皆から一目置かれている玉座的存在(;’’∀’’)
おとうさんは可愛がってくれるけれど怖い存在
おかあさんは怖いけどおとうさんに怒られたとき守ってくれる頼れる存在
おじいちゃん(義父)は散歩には連れて行ってくれないけど可愛がってくれる存在
おばあちゃん(義母)は何もしてくれないけれどとりあえず自分より上

こんな感じで見ていたのでしょうか

とにかく順位を付けていたのかどうか?接する態度は微妙な差?
でもおかあさんはご飯もくれるし散歩にも連れて行って、守ってくれる一番頼りになる存在だったのでしょうね

家族全員が外出してお留守番をするときはお座りして首を傾げ、寂しそうな目でお見送り
帰って来た時は“良い子にしてたでしょう!ご褒美ちょうだい!”と飛びつく
ご褒美をもらってご満悦

晩年散歩の帰りに歩けなくなって抱っこするのは私にだけ
一度夫が散歩に連れて行ったのに一人で帰ってきたので「“まみ”は?」と聞いたら「抱っこしようとしたら逃げるし、歩かせようとしたら動かんし、おいてきた、迎えに行ってくれ」電柱にリードをくくり、おいてきたとか
すぐに走って迎えに行き不安そうに待っている“まみ”に「かわいそうにおいてかれたの〜」すぐに抱っこ
抱っこと言っても10k以上あった“まみ”なので肩に両前足を乗せて担ぎ抱き
どの風景も今でもはっきりと思い出します

1999年に息子が婚約
夏に婚約者(義娘)を連れて帰ってきました
この時“まみ”は高齢(14才)になっていたせいかもしれませんが静かに息子と婚約者を迎えました
警戒心が強く他人には絶対に触らせなかった“まみ”ですが婚約者の前で大人しくお座りして頭を下げ撫でてもらっていました
玉座につくおにいちゃんが大事にする人と分かったのかもしれませんね

年末になって、翌年(2000年)1月にご両親にご挨拶に行くことになっていて、弱っている“まみ”をどうしよう?
義父が居れば面倒見てくれたでしょうがその時はすでに亡く・・・
義母は“まみ”の面倒どころか・・・娘の所へお預かり・・・
夫と毎日相談
その当時毎日のように遊びに来ていたお客様に食事だけでもやってもらえないか相談したら二つ返事
やれやれでしたが・・・・・・
posted by リュ〜菜 at 11:13| 福井 ☁| Comment(5) | リュ〜菜 (小ネェ〜) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする