2017年12月30日

おれた〜〜〜5

リュ〜菜のひとり言

12月21日CTとレントゲン検査をして主治医の診察(回診)を待ちました
夕方5時ころノックがあり主治医の姿
主治医「検査の結果順調でした、帰りますか〜」
私「はい!今すぐでも良いですよ〜」(笑)
私「明日はお天気良くて退院日和ですから明日退院良いですか〜」
主治医「良いですよ、出渕先生(医大での主治医)にも言っておきますね」
私「(出渕)先生のおかげで予想より早く退院できましたと感謝をつたえてください」
西村先生(リハ)「え〜退院25日と言ってなかったですか?」
私「予定は変わるもんなんですよ〜」(笑)
とりあえず22日午後のリハビリが済んでから(15時過ぎ)退院が決まりました、、というか私が退院タイミングをお願いしました

正直言って退院後の生活は不安だらけ・・・
もしかして転ばないか?歩けないのにお風呂はどうやって入る?etc…
でも先の心配していても前には進めない!その時その時考えてやればどうにかなる!
これが私の信条

すぐに夫に電話 夫の声も弾む
その後すぐに持ち込んだ荷物の整理
夜、22日の必要最低限の物を残し、夫がほとんどの荷物を持ち帰り
22日朝仕事前にやって来た夫「持って帰るもん(物)無いんか」

近いので一日に何回か顔を出してきた夫、仕事前と後の最低2回
仕事中にも「しばらくお待ちくださいと書いて置いてきた」と言いながら1〜2回
我が家は完全予約制なので予約のない時間帯に私のところに来ていましたが予約なしで来られる方もおられるので張り紙
この方たちは予約優先なのをご存じなので時間があくまで待つか予約をして出直して下さる

退院するときなるべく荷物が無い方が良いと思って取りに来たのでしょう
昼食時の割り箸1本とペットボトル(水)1本、ジャンパーとマフラー
勿論松葉杖、それ以外は全てお持ち帰り

そして時間通り迎えに来た夫と共に懐かしき我が家へ
17日の外泊は車椅子だったけれど退院は松葉杖
下へ降り車を取りに行った夫を待っていたら私を呼ぶ声が・・・
声の方を見たら上半身リハビリの徳島先生
「家でも気を付けてくださいね。又リハビリで会いましょう」
「有難う、又25日からリハビリに通うのでよろしくね」

こうして皆様に見守られながら58日間の入院生活が終了しました

家に着いて、又椅子を使っての段差解消、キッチンまでたどり着きいったん休憩
それから夕食の準備、食事、後始末、二階へ上がって一休み

3部屋を見渡せば病院から持って帰った荷物やその他etc・・が散乱?
片付けたいけれど松葉杖では何もできず・・・見て見ぬふり・・・

23日午前中にお尻で畳の上をズリズリ移動しながら荷物の仕分け?
衣服類、日用品、その他もろもろ
でも、あるべき所へ収納は出来ないので種類別にかためて・・・
少し動くと疲れるので無理せず、又見ないふり
2ヶ月近く車椅子生活だったため体力はかなり落ちている?思うようには動けない
いつ片付くのだろうな〜〜〜

24日朝から夫に手伝ってもらって脱衣所とバスルーム(介護用バス椅子)に椅子を設置
わがやのバスルームには3ヵ所の手すり
まずは脱衣所の椅子に座り衣服を脱ぎ手すりにつかまって右足だけで立ち上がりバス椅子へ・・・
うまく一人で移動できました\(^o^)/
でも今はまだシャワーだけ、勿論寒いので1時間前から暖房
入る時床は乾いているので滑らないけれど出る時は滑るといけないので足の裏と床を何度も拭いて要注意で立ち上がり脱衣所の椅子へ移動
お風呂の問題はクリア(*^^)v

25日早朝ウトウトとした時、夢を見ました
廊下へ出たら大きなペット用ケージ
戸を開けた途端、モフモフのペットが私の左肩へジャンプ!
しっかりしがみつき離れません
だから顔を見ることは出来ませんでしたが、とても懐かしい手触り
ホッコリしたところで目が覚めました

もしかしたら竜?でも毛の色が違いました
でもその日から家の中の段差は椅子無しの松葉杖だけで乗り越えられるようになりました

1/2過重で良いと言われているのに万が一、骨がずれたら・・と怖くて左足裏全体を地につけていなかったので、もしかしたら“まみ”や“竜”が【私たちがついているよ!怖がらないでしっかり足をつけて!】と励ましに来てくれたのかも?

体力も徐々にではありますが回復傾向

病院ではリハビリ以外にやることが無く暇を持て余して編み物をしていたのに、帰ってからは疲れて余裕がなく毛糸はまったく手につかず
洗濯をしても干すのは夫頼みだったのが、28日は自分で干せました\(^o^)/
1/2過重なので歩かない限り松葉杖は必要ないので“休め”の態勢で立って干してみたら簡単にできたのです

29日は年内最後のリハビリ
慎重に恐れずしっかり地に足をつけて一日も早く二本の足で歩けるようになるためリハビリ頑張りまっす

30日今朝又夢を見ました
松葉杖無しで歩けて夫に「上手く歩けるわ〜」と言っている私

夫には本当に無理をさせてしまいました
年末にかけての2ヶ月以上一人での仕事に介護に家事 そして私
元々悪かった膝が悪化?腫れてしまいました
それでも一言の不満も言わず「なんかしてほしいことあったら言えや〜」と・・・
私を気遣ってくれて本当に感謝の一言しかありません

完治は年を越すけれどとりあえず退院は年内でした
来年は同じ間違いをしないように慎重な行動をします

平成29年最後までお付き合いくださり有難うございましたm(__)m

平成30年、皆様も良き新年をお迎え下さいm(__)m m(__)m
posted by リュ〜菜 at 16:37| 福井 ☁| Comment(2) | リュ〜菜 (小ネェ〜) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月29日

おれた〜〜〜4

リュ〜菜のひとり言

リハビリは午前と午後の二回
午前は足のリハビリ
“リハビリ程痛いもんは無い!”と事前に嫌と言うほど聞いていたので覚悟(;^ω^)を決めて挑みました

ベッドに乗り西村先生(理学療法士)が自分の膝に私の足を乗せ「ものすごく腫れていますね」と言いながら全体的な状態を確認
血流を良くしないと腫れが引かないということで太ももから足先までマッサージ
“痛い!”と覚悟を決めていたリハビリは超気持ちの良いマッサージ(*^^)v
でも動きが悪くなり腫れている足首、足の裏、足の甲、指と進むにつけ痛みが・・・
床にタオルを敷き指で手繰り寄せをしようとしても全くできず
(2週間ほどで完璧に出来るようになりました(*^^)v)
その後は右足の筋トレ

午後は上半身のマッサージと筋トレ、上半身の担当は徳島先生
松葉杖で体を支えられるように主に腕の筋トレ
肩の柔軟さも必要ということで肩のマッサージ
これが又超気持ち良い〜〜〜

医大でもそうだったけどつくし野でもリハビリの先生方はとてもかわいらしい
体のリハビリだけではなく優しく話をしながら闘病生活の精神的なリハビリもして下さる

夕方自主トレに来ても良いとのことで平行棒で10往復(右足のみ)
病室で両足のストレッチ(ベッドに横になり動かせる範囲で)
その他は暇なので編み物

2号.jpg 3号.jpg

足カバー2号と3号編みました

足を付いても良いとの許可が出たらリハビリの先生曰く「積極的な歩行訓練をします」
これまでのリハビリは左足のむくみを取ること、右足と上半身を鍛えること
松葉杖で足をつけても良くなったら左足をつけて訓練ということ
2ヶ月ほど左足は付けてはいけないと脳が判断しているので最初はうまく足をつけないかも?

医大にいる時からベッドから車いすへの移動、トイレその他出来る限り介助なしで動くことを心掛けていた
看護師さんは「いつでも呼んで下さい」というけれど病院で楽を覚えてしまうと家へ帰ってからが大変
病院はエレベーターもあればバリアフリー、手すりも各所にある
家に帰れば何もない
二階へ上がるためには階段を昇らなければならない
松葉杖で階段なんて昇れないのでお尻と両手、右足を使って“ズリズリ”と昇ることになる

病院内は23度以上あるけれど外は2度とか3度?
退院したら家中のエアコンをフル運転しないとヒートショック?

外来は風邪ひきさんも来院なのでできるだけ接触しないようにして風邪要注意
インフルエンザ予防は退院時期を考えては医大にいる間に接種したので退院できるころには抗体が出来ているはず

1階のトイレは義母のため手すりを3個も付けてあるけれど2階は全く無しなのでネットで据え置きの手すりを注文
廊下の段差がある所に手すりを付け入浴用に安定感のある介護椅子も注文
松葉杖で調理は出来ないので安定感のある歩行器?購入
退院への準備は着々と行っているけれど・・・

12月7日主治医(医大より週一回出向の整形外科医、つくし野病院での主治医は院長先生)より待望の一言が・・・
「綺麗にくっついていますよ。来週(14日)から少しずつ足をつけて良いです」
「足付けて歩けるんですね!良かった〜出淵先生(医大での主治医)に感謝しているとお伝えくださいね。ずいぶんと困らせた(転院嫌!と言って)ので(笑)」
「(医大へ)帰ったら必ず伝えますよ」
17日一泊の許可もしてもらいました

手術から4週目で足つき許可\(^o^)/
この許可が出る前にしたリハの先生との会話
「いつ頃になったら足付けられるかしらね?」
「これまでの他の人の例だと粉砕骨折なので術後6週間ちかくになるかも?」
「明日のレントゲン診断で奇跡が起きて“もう付いても大丈夫ですよ”ってならないかな?」
まさしく奇跡がおきました(*^^)v

12月12日リハビリ中の会話
「少しでも足をつけて松葉杖出来るようになったら退院許可出ないかしらね?」
「今はまだ加重1/4か1/3程度なのでどうですかね?先生の判断次第ですね」
「今度の診察で早めの退院を考えて下さいって言ってみるわね」
主治医の指示書では12月14日から1/4か1/3加重となっている様子

加重とは骨折した足に体重をかけること
全加重=片足で立った状態
加重1/2=両足で立った状態(歩かず直立した状態)
加重1/3=松葉杖を使いながらバランスを取るためちょっとだけ足をつけても良い状態
加重1/3=体重×1/3=“X”(^▽^;)

12月14日
松葉杖を使った時右足は全加重で良いけれど骨折している左足は松葉杖とで“X”
左足には体重計、右足は体重計と同じ高さの台
最初に右足で台に乗り次に左足を体重計に乗せ“X”になるまで体重をかけて行く
私「これで3/1?」 西村先生「そうですよ」
私「平常に立っているのとあまり変わらないみたい」
つまり私は日常的に右足に重心がかかっているので変わらないように感じました
起立して手すりを離してもまったくふらつくこともないし違和感もなし
私「ようするに歩かない限り立っている分には普段通りってことですね〜」(*^▽^*)

その夕方整形外科主治医の回診中の会話
私「少しでも早く通院に切り替えてもらえませんか?」
主治医は西村先生にリハの状態を確認
主治医「1/3で日常と変わらないのなら来週レントゲンとCTで骨の状態を確認して異常が無いようなら加重1/2にして歩けるようならいつでも退院しても良いですよ」
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

主治医「それにしてもこの粉砕骨折術後4週で加重は驚異的ですよ」
私「私の年齢では奇跡的ですよね〜」(*^^)v
以前加重までは6週間くらいかかると言われていました

12月25日に退院するぜ〜〜〜‼

その前に17日に外泊で〜す

12月17日(日)
“う〜さむ〜”久々の外はやはり激寒!
病院から車へはまだ松葉杖では怖いので車いす
車から家に入るまでは義母の車椅子使用
店からキッチンまで入るまでに10p高の段が3段
段前に椅子を置き座って足を上げ立ち上がるを繰り返しキッチンへ
そこからは超難問の階段

階段の前にほぼ二ヶ月ぶりの昼食準備
松葉杖では出来ないのでキャスター付き椅子(脚が6本で長くて安定感がある)で本当に久々のお家食事

食後後始末(夫に手伝ってもらいながら)をして二階へ
まず階段の2段目へ座り、後は右足とお尻を使って両腕でしっかり上の階段をつかみ、ズリズリと上る
 
無事に部屋へたどり着いたけど疲れた〜〜〜〜

追伸
28日ころから体力も少し回復してきたよう、と言うか家での生活に慣れてきた?
疲れは若干少なくなり、PCの前にも座っていられるようになってきました
入院原稿一気書き(*^^)v
今日は入院後溜まりに溜まった医療費領収書の整理、PCへの登録も済みました
徐々に回復傾向、でも無理せず慎重に!を心がけて( ^)o(^ )
posted by リュ〜菜 at 17:33| 福井 ☁| Comment(0) | リュ〜菜 (小ネェ〜) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月28日

おれた〜〜〜3

リュ〜菜のひとり言

主治医とのせめぎあい それは転院か退院か
私は退院してリハビリ通院を希望
でも主治医「それは無理、まだ骨がくっついていないのに家に帰るのは絶対無理!リハビリに最適な病院を紹介するから転院しなさい」 私「いや〜絶対に退院」

毎日顔を合わせるたびに「退院」「無理」の繰り返し(^_^;)
主治医「リハビリして歩けるようになって退院しても家の中で転んで又骨折と言う人もいるんやで、まだ歩けんのに退院は絶対無理やって」
私「う〜ん、街で先生に会うのは良いけど、この病室で又会うのは嫌やわ」
主治医「ほやろ〜(そうでしょ)転院しよって」 私「・・・」
このころには息子より若い主治医とは遠慮なく気楽に会話できる関係
この関係、喜んでよいのか悲しむべきか(長く入院しているってこと)

そして11月21日(術後9日目)夜、夫が来て部屋で話をしているよりホールへ行こうと二人で歩いて(私は車いす)いたとき、偶然主治医と遭遇
いつもの禅問答?「退院は絶対無理やよ」このころには頑として首を縦に振らない私に主治医も心配そうな顔になっていました
その時、夫が「つくし野病院は?」とっさに出た言葉?
このつくし野病院は我が家から10分程度のところにあり医大とも提携関係にある病院
主治医「大丈夫!大丈夫!すぐに手続きするよ」安心したのかニコッと笑って私の肩をポン!

気が変わるといけないと思ったのか翌日には両病院間で話が成立
急転直下24日転院が決定
22日看護師さんが「転院にあたり何か不安はありますか?」と聞いてきたので「後はどこの病院行ってもリハビリして日にちが経つのを待つだけだから不安はないけれど“これ”がどうなるのかな〜できれば先生(一番信用しているから)の手で抜いてほしい」
“これ”というのは手術後のホッチキス?の針
ご丁寧に何十本とある針
主治医は週末に取ると言っていたけれど急遽転院が早まってしまったのでどうなるのかな〜と少し心配

看護師さんから話が通ったのか23日夜主治医が「針半分だけ取るよ〜」
何十本取るのか見ていて数えようと思ったけれどそれどころでは無い
目を瞑ってしまい“うぅ〜〜〜”と耐えるだけ
時々体が跳ねる
主治医「ごめん、ごめん」と優しい(消毒の時の大丈夫!とはえらい違い?)
多分針を付けたまま行くのは不安と言ったので少し早いけど抜いたのだと思います
元々の予定では土、日あたりだったはず 予定通りだったらそれほど痛くなかった?
転院当日の朝一で残りを取ったけど前夜ほど痛くは無かった

24日転院当日10時30分までにつくし野病院へ着かないといけないので夫は9時前に向かえに来ましたが針を取りに来た途端「あっち行ってる」と逃げ出し、主治医「見てても良いのに」
私「怖くて逃亡(笑)」

この転院で一番忙しい思いをしたのは間違いなく主治医
27日転院の予定がつくし野病院の都合で24日に繰り上がったため大急ぎで準備しないといけないものが多数(入院中のあらゆるデータ等etc)
前回書いたように21日夜転院を決め夫が休みの27日転院で主治医とは話が決まっていたので準備期間は5日程あったのが2日に・・・

皆様にお礼を言いつつ下へ降り、「車、前につけるで暖かいとこで待ってえ〜」と夫は出て行きましたがしばらくしてムスッとした顔で戻ってきた夫。車は見当たらない
「車あてられた」「事故?」「こっちは動いてない、止まっているとこにぶつかってきた」
「貴方は怪我ないのね」「車だけや」とにかく話だけしないといけないので少し時間がかかる
時計を見たら10時過ぎていて予約の時間に合いそうもないので、受付まで行って事情を話し病棟に連絡を取ってもらい、つくし野病院へ遅れると連絡を入れてもらいました
人身事故ではないのでとりあえず相手の免許証を写メし電話番号と名前を確認

車まで骨折しちゃいました〜〜〜(-_-;)

つくし野病院へ着いたら看護師さんや先生が「大変でしたね〜」
私の骨折?「医大から遅れると連絡貰っています」
あ〜車の骨折ね(^_^;)

それから私はレントゲンや診察など入院前のetc
夫は入院手続きを済ませ義母の様子を見に一旦帰宅
午後ようやく病室(個室)に入って一休み

夕方近く夫から電話
「相手(家族)から電話あったし、保険会社からも電話あった」と・・・
後日修理担当者が車を取りに来て「結構やられていますので修理に3週間ほどかかります」
もちろん代車は持って来てくれたので不都合はないけれど・・・(-_-;)
私は全治3ヵ月〜6ヶ月?車は全治3週間
“厄”は2017年ですべて捨て、2018年は素晴らしい“福”を呼び込もう(*^^)v

でも翌日入院計画書を読んだら入院期間が11月24日〜1月24日
“え〜来年まで〜〜〜”
あくまで予定なので骨の状態を見ながら松葉杖で歩けるようになったら後は通院リハビリにはなるみたい
外出も外泊も左足を付かない条件で許可は出ているけれど怖さもあって松葉杖の操作に慣れるまでは・・・
でも17日に外泊するつもり(転院前から決めていた^_^;)

どちらにしても長い!
骨折なめていました〜〜〜
posted by リュ〜菜 at 18:52| 福井 ☔| Comment(0) | リュ〜菜 (小ネェ〜) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

おれた〜〜〜2

リュ〜菜のひとり言

ボルトで骨を固定したため痛みはありませんでした
ただ毎日感染を防ぐため抗生剤の点滴と患部の消毒
この消毒が超痛い
ボルトで骨を固定しているので当然皮膚には穴が開いている
その穴に消毒液を押し込むように消毒
私「うぅぅぅ〜〜〜」
先生「大丈夫・大丈夫」
私の心の声「痛いもんは痛いねん!」(-_-;)
先生「7日に次の手術の予定入れました」
私「それでこの超痛い消毒とお別れですね」!(^^)!

11月7日(火)にボルトを抜いてプレートで骨を固定すれば後は日薬で日が経つのを待つだけ
と思っていたけれど前日術前検査のCTで左ふくらはぎに血栓が見つかり・・・
「血栓は小さなものでそれほど心配するほどではないけれど万が一手術中に飛んだ場合、命に係わることもあり、肺に飛べば数か月人工呼吸器生活という心配もあるので血栓を溶かすことを優先しましょう」
血栓は今出来た(エコノミークラス症候群)ものか以前からあったものかは分からないとのこと
血栓を溶かす薬の服用で様子を見てもう一度検査をして消えていれば良いけれど大きくさえなっていなければ元々あったもので飛ぶ可能性は低いので13日(月)に手術するとのこと
11日のエコー検査の結果消えていないけれど大きくもなっていないので手術決行

この手術後は痛かった〜〜〜
術後二ヵ所にブロック注射をして痛み止め処理はしたそうで骨の痛みは無かったけれど、体の中に異物(プレート)が入ったことと、プレートを入れるために切った傷が約15pと10p2ヶ所、それにボルトを刺してあった穴が4ヶ所
「痛い、痛い」という私を見かねた夫が「何とかしてやってくれ」とナースステーションへ
すぐに座薬処置
義母(デイサービス最終まで居残り)を迎えるため一時帰った夫が病院へ戻ったころには痛みもほぼ治まり一安心

でも座薬の効果が切れたころ又激痛
足がパンパンに腫れたようで圧迫される痛さが徐々に強くなり冷やすためあてていたアイスノンのところが凍傷になるか?というほどの痛みで取ってもらいました
他の患者さんはほとんど腫れたところの熱を取るためアイスノンを使っているようでしたが、私には逆効果だったようです
一睡もできずあれほど長い夜は生まれて初めてカモ?

後は一日一日痛みも少なくなり歩けないことと腫れていること以外問題なく
このころになると腫れも少しひいてきました
後は骨が完全にくっついて足をつけても良い状態になるのを待ちながらリハビリ生活

プレート.jpg 1号.jpg

冷えてくると足がジンジン痛むのと腫れている足を見ていると楽しくないのでとりあえず足カバー第1号を編みました(*^^)v
看護師さん「華やかで見ていても楽しいですよね、同じような患者さんに売れるかも」
私「入院代稼ぎに沢山編んで売店で売って貰おうかな〜?」( ´艸`)
このころにはこういうジョークも楽しめるようになっていました

そして一週間を迎えるころから主治医と私のせめぎあい

追伸
今日夕方予定より早く退院することが出来ました ヽ(^o^)丿
詳しくは又アップします
posted by リュ〜菜 at 20:11| 福井 ☁| Comment(10) | リュ〜菜 (小ネェ〜) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月17日

おれた〜〜〜1

リュ〜菜のひとり言

10月26日早朝のこと・・・
雨上がりでまだ濡れていた路面
ゴミを捨て(収集日)ヨーゼフに餌をあげてからの帰りゴミが気になり、しゃがんでお掃除
横の方にあったゴミも気になったのでそのままの体制で左足を一歩左へ動かしたその瞬間足が左へと滑って!
反射的に立ち上がろうとしたら【折れた!】と感じました

何故か?立ち上がれないので左足を見たら曲がるべきでない箇所が曲がっていました
よしかかれる場所だったので何とか右足だけで立ち上がり、家へ入ろうとしたけれどまったく歩けず
夫にすぐ電話「足折れたし、ばぁちゃんの車いす持って来て」
夫は寝ていたけれどすぐに飛び出してきました
車いすで家の中へ(家のすぐ前なので初動は早い)
夫「救急車よぶか!」
私「いや、医大まで乗せて行って」
私は動けないので必要なもの(保険証、診察券など)をどこにあるか夫に言って持ってきてもらいそのまま医大救急へ直行

裏道を通って行ったのでラッシュにはつかまらず救急車を待つよりは早く救急入り口に到着
夫「どうするばいいんや」
私「保険証と診察券持って受付で足が折れたから車いす貸してって言えば手続きしてくれるよ」
救急車がきても邪魔にならないところに車を止め受付に走る夫
しばらくして車いすを押して出てきました
夫「乗れるか?」私「右足は無事だから大丈夫」
レントゲンを撮って診察室へ
救急担当医師はレントゲンを観るまでもなく「折れてますね」(この時点で折れた箇所は曲がりパンパンに腫れていました)

診断結果は〔左足脛骨腓骨粉砕骨折・全治3ヶ月(治癒力(年齢?)によっては6ヵ月かも)〕

当て木で応急処置
整形外科専門医に診察してもらい「脛骨、腓骨二本とも見事に折れています。即入院、手術です」
どちらか一本だけならギブス固定で済んだのかもしれないけれどプレート固定しないといけないと言われ、私は血液サラサラのお薬を飲んでいる為すぐにプレートを入れる手術をすると大量出血に繋がるため薬抜き?のため一週間以上必要ということで当日はボルトで骨を固定する“一時手術”
手術は夕方になるということなので準備のため一度家に戻りたいと言ったけど骨がずれる可能性があるため絶対NGと・・・

それからが大変
自分のことを考えている暇もなく義母のケアマネージャーに電話して今後の打合せ
11月20日に兵庫県で開催される近畿青年・女性部会議に出席予定だったため大阪の女性部長会会長に事情を説明し部長欠席とオブザーバー1名追加(計2名)出席の連絡
その他etc・・・電話しまくり
この間、夫は義母の様子を見るため一旦帰宅

万が一に備え入院必需品をバッグに入れ準備してあったので(使わないことを前提で準備したけど必要になっちゃった)帰る夫に置いてある場所を言って「持って来て」と言ったけど「どこにあるんや?」と電話
探し物が超苦手な夫、電話片手に“あそこ行って”“ここ行って”と遠隔操作
痛みを感じる暇もなく何だかんだやっているうちに手術へ・・・
気が付いたときには私の左足には4つの山脈(ボルト)が出来上がっていました

ボルト.jpg

追伸
今日(12月17日)は一時帰宅が許され年賀状作りをすませ、とりあえず第1回原稿
全治3ヶ月(もしかしたら〜6ヵ月)の診断なのでその通りに入院しているといつ退院になるか?一日でも早く通院に切り替えてほしいとはお願いして病院側からは“骨の状態次第で意思に沿いますがあまりにもひどい骨折で年内は無理かも”と言われました

ということで色々あって12月21日レントゲンとCT検査で異常が無ければいつでも退院しても良いとの許可が出ました\(^o^)/
主治医曰く「粉砕骨折としては驚異的な回復」とか

入院61日目、術後43日目、転院32日目になる12月25日(月)が我が家の休業日なのでこの日に退院できるようにお願いしようと思っています
それまで何事もないように要注意で過ごさないとね〜

今日の帰宅してからの超お忙し?ドタバタはいずれアップで〜す
退院までの経過は退院してから順次アップしま〜す 退院できれば超happy!\(^o^)/
posted by リュ〜菜 at 15:48| 福井 ☁| Comment(6) | リュ〜菜 (小ネェ〜) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする